豆は「しあわせ」のタネである

【鶴岡】山形大学農学部 江頭教授に習う

山形大学農学部へ

だだちゃ豆の石塚さんからのご縁で、山形大学農学部へお邪魔しました。9月19日夕方のことです。

お訪ねしたのは、植物機能開発学コース 植物遺伝資源学分野の江頭宏昌(ひろあき)教授。あとでわかったことですが、江頭教授と私は同郷(福岡県出身)でした。小倉南区上津役のローカル話で打ち解けたように思います。

先生は、山形大学在来作物研究会会長もされています。机には、まるで賀茂なすのような大きな丸い庄内産茄子(名前をメモしておらず‥‥)の種取りをされていました。

だだちゃ豆の話も少々、そしてたくさんの蔵書の中から掘って見せてくださったページに感激しました。

 

枝豆売りの画

これは「時世粧」という享和2年(1802)に作られた絵本に、歌川豊国さんが画かれた絵だそうです。

赤ん坊を背負って、小脇に抱えたカゴの中には、おそらく枝付き枝豆が見えます。葉っぱも取らずに売ってたのかも? 私には「小股の切れ上がった いい女」に見えるのだけど、説明文は

枝豆売り 夏の日暮れ頃、「豆やァえだまめェ」といいながら、人の出盛る場所へ売りに来ます。江戸では子どもを背負った婦人が多く、貧しい人々の商いだったそうです。

と記されています。

その頃の枝豆は、田んぼの畦に植える「畦豆(あぜまめ)」だったはずで、夕暮れどきということは昼間は野良仕事をして、暗くなりかけた頃に枝豆を売りに出ていた‥‥?

そうねぇ、枝豆は夜明け前に収穫したほうがおいしいのだけど、1800年頃のお江戸の人たちは、まだそんなところまでご存知なかったのかもしれません。

いや、朝穫りの枝豆を夕方売りに出ただけかも‥‥

この女性、もしかするとまだ未成年かもしれませんね。

 

江頭先生の蔵書より

その他、煮豆(座ぜん豆)売りや、神坂雪佳筆になる京都の豆売りの画もありました。さすが、大学の先生です。本の部屋に住んでいるくらい、たくさん本がありました。

江頭先生の蔵書、図書館に行けば見つかるでしょうか。そのページだけ撮らせていただきましたが、本の名前などをもっときちんとメモしてくればよかったと残念です。

江頭先生に、またお目にかかれますように

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豆・豆料理探検家
豆料理アドバイザー

五木 のどか

福岡県生まれ、京都市在住。個人事務所 who(ふー)所属。豆の原稿執筆、レシピ開発、販売促進などに携わる傍ら、豆好きな人を増やすため、豆料理の楽しさやおいしさ、使い方を伝える活動を展開している。 | 詳細はこちら

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