豆は「しあわせ」のタネである

嵯峨野/二尊院の「小倉餡発祥之地」

8年半ぶりの二尊院

お豆腐の森嘉さんに行ってみよう」と思い立ち、嵯峨野へ。

嵯峨野に行くなら、二尊院に行かねば‥‥ その理由は、二尊院にある小倉あんの碑を久しぶりに見ておきたいと思ったから。

朝から京都市バスで行きました。

朝10時頃の森嘉さん。まだ客足は、まばらです。

「帰りに買いに来ます」とご挨拶して、店を後にしました。

 

嵯峨野散策

森嘉さんから二尊院、15分くらい歩いたでしょうか。着きました。

なにぶん前回訪れたのは8年半前です。うっすら記憶してることと憶えていないことと‥‥

小倉山は二尊院の裏山です。小倉百人一首にも詠われています。ご本尊にお参りをして、小倉餡の碑を探しました。石碑は唐門を入った本堂から右側へ、奥のほうにあります。

小倉餡発祥之地」と記された石碑。そう、ここです。8年半前も、ここに来たのでした。

 

石碑の裏側に、小倉餡発祥の由来が記されています。

日本で初めて小豆と砂糖で餡が炊かれたのは平安京が出来て間もなくの八百二十年のことであります。

当時このあたり小倉の里に和三郎という菓子職人がいて亀の子せんべいを作っていましたが、八百九年に空海が中国から持ち帰った小豆の種子を栽培し、それに御所から下賜された砂糖を加え、煮つめて餡を作り、これを毎年御所に献上されました。

その後、この和三郎の努力で洛西を中心に小豆が広く栽培され、江戸時代には茶道の菓子にも用いられ、ハレの料理にも加えられるようになりました。〜

二尊院内「小倉餡発祥之地」碑文より

これは、井筒八ッ橋本舗 六代 津田佐兵衛さんが、小倉餡の歴史を解明する手がかりとなるよう、創業二百年の記念に建立された石碑だそうです。

 

おぐら餡とこし餡、手間はこし餡のほうがかかるのだけど、個人的には小倉餡のほうが好みです。およそ1,200年前に和三郎さんが考案してくださったおかげで、小倉餡が今に続いています。昨日の「時をかける あん」も、ルーツはこのあたりにありそうです。

和三郎さん、井筒八ッ橋さん、二尊院さん、ありがとうございます。

 

そして再び、森嘉さんへ

二尊院で拝観、参詣、しあわせの鐘をついたあと、また歩いて森嘉さんへ。

こちらは昼12時半頃の店頭。店の前には10組ほどが列を為していました。

森嘉さんでの出来事は、また改めて記載します。

この週末は、有意義にあちこち探検して回りました。満足〜(^^)

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

豆行事や催しなど

2018年 11月
« 10月   12月 »
    1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30   

Plofile

豆・豆料理探検家
豆料理アドバイザー

五木 のどか

福岡県生まれ、京都市在住。個人事務所 who(ふー)所属。豆の原稿執筆、レシピ開発、販売促進などに携わる傍ら、豆好きな人を増やすため、豆料理の楽しさやおいしさ、使い方を伝える活動を展開している。 | 詳細はこちら

バックナンバー