豆は「しあわせ」のタネである

節分の豆まき、その始まりは?

1月某日、鞍馬寺にお参り

2026年の初詣、護王神社を皮切りに大将軍八神社、豆吉明神、菅原院天満宮神社、宗像神社(京都御苑内)、厳島神社(京都御苑内)の延べ七寺社に手を合わせました。

その中で、見つけた鞍馬寺の「年の豆」。

鞍馬寺は、源義経と天狗伝説の山の上にあるお寺です。1200年の歴史あるお寺はパワースポットとしても知られ、これまで何度か新年に授与される「あうんの寅」を受けに、お参りに行きました。

今年は例年よりお参り時期を少しずらしたことで、「年の豆」を知ることに‥‥

「年の豆」は袋入りの節分まめ。本殿に入ってすぐのあたりで授与されていました。

なんとも、有り難い。うやうやしく受けてきました。

 

節分豆まきのいわれ

三方に並ぶ「年の豆」のところにあった説明書き。お断りして写真を撮らせていただきました(2枚目の写真です)。

その昔、鞍馬山の僧正ガ谷に住む二匹の鬼が都に乱入しようとした時、毘沙門天がご出現になり、「三斛三斗(さんこくさんと)の豆で鬼の目を打て」とお告げになり、それで災厄を逃れたのが豆まきのおこりであると伝えられています。

鞍馬寺 年の豆 説明書きより

豆まきのおこり? ということは、日本全国で節分にまかれる「豆まき」は、鞍馬寺から始まったの???

と、疑問が湧き上がってきました。

後日、鞍馬寺さんに電話をして訊ねてみると‥‥

「京都には旧くから鬼門とされるところがあり、鞍馬山の鬼が悪事をはたらくことを防ぐために豆を投げて鬼を退治したと伝わります。が、日本各地に様々な伝説があり、鞍馬山がすべての始まりかどうかは定かではありません」とのことでした。合わせて古式ゆかしき「桃の弓と芦の矢の追儺(ついな)行事」についてもお聞きしました。

鞍馬山 鞍馬寺 鞍馬天狗 牛若丸 源義経 義経伝説 鬼退治 九十九折り山道 清少納言 枕草子 ・・・ と、そんなことを総じてみると、1200年前の京都に造られたお寺に残る伝説が日の本の各地に広まっていったと考えるのは、まんざら間違いでもないように思うのです(個人の勝手な見解です)。

 

先ほど見たら、鞍馬寺のホームページに載っていました(勝手にスクショしています)。

 

書いてあります・・・ 「鞍馬寺は節分追儺の豆打ちの豆打ちの発祥の地であり 心の中に潜む鬼を清める地」と。

鞍馬寺は、豆まきの始まりの地! だったのですね〜✨

さすが、京都です。住まわせていただいて17年目にして初めて知った「豆」伝説。感無量です。

 

次なる疑問、「福は内、👹は外」の豆まきの掛け声も平安時代から伝わってきたのでしょうか?

「どうして節分にまく豆が煎り大豆なのか」と合わせて、この先、探っていきたいと思います😊

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豆・豆料理探検家
豆料理アドバイザー

五木 のどか

福岡県生まれ、京都市在住。個人事務所 who(ふー)所属。豆の原稿執筆、レシピ開発、販売促進などに携わる傍ら、豆好きな人を増やすため、豆料理の楽しさやおいしさ、使い方を伝える活動を展開している。 | 詳細はこちら
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