家の光 11月号

私は農家の娘です。「江戸時代から続く水呑百姓の家」と、父(故人)は申しておりました。

農業だけでは食べていけなくて、父は大工、母は勤めに出ていました。だから私は、子どもの頃から、兼業農家の娘でした。

小学校に上がる前から田んぼについて行き、田植えや稲刈りや麦刈りなど手伝っているつもりでいました。実家の田んぼは「5反2畝」の小さい農家で、農薬や肥料やコンバインやトラクターなど、ずっと農協のお世話になっていました。

田んぼに行く前後に、母が農協の支所に寄ると、私も農協の支所について行っていました。おそらくその頃の記憶だと思います。農協の待ち合い席のボックスに『家の光』も入っていました。子どもだけど、見ていたのでしょう。母が定期購読をしていたのかどうか定かではありませんが、私は『家の光』という雑誌を子どもの頃から知っていました。

いつの間にか、すっかり大人になって、今年の6月末に1通のメールが届きました。

〜 JAグループの月刊誌「家の光」の編集をしておりますYと申します。と始まったメールは、豆の特集ページを作る協力依頼のメールでした。ブログを読んでくださったと書かれていました。メールの終わりのほうに、

〜 弊誌についてですが、JAグループの月刊誌で、大正14年に創刊され、主に農家組合員のご家庭、とりわけお母様方に親しんでいただいております。

「食と農」「家族」「暮らし」をテーマに誌面を作成しており、昨年創刊90周年を迎えました。北海道から沖縄に至る全国各地のJAを通じて予約販売しており、現在の発行部数は月平均約55万部となっております。〜 と書かれていました。

子どもの頃から知っているあの本から、私に連絡があった! と嬉しくって、母に電話をかけました。「55万部も発行されてるんて〜。すごいよね。どうする、お母さん!」と他愛無い親子の会話。

豆のことで特集を組んでくださる。そこで仕事をさせていただく。東京まで打合せに出向くのに、交通費を出してくださる。会って没にならないように、行儀よくしとかないと‥‥ と緊張して出かけた日から、約3ヵ月。ようやく、記念すべき『家の光』デビュー号が完成しました。

最初の1冊は、母に送ります。仏壇に上げて喜んでくれると思います。小さな小さな田舎町の零細農家の娘が、豆のことで『家の光』に載せていただきました。

お父さん、お母さん、ちょっとだけ、ほめてね。

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