御霊おこわ
ふるさとにて
台風の前に、帰省しました。今年は故郷で御霊おこわをつくり、仏さまにお供えしました。
「御霊おこわ」「黒飯(こくはん)」を、毎年8月15日に作っています。
作り方は、こちらをご参照ください。
防空壕
ケイ子さんは8歳で終戦を迎えました。
家のすぐ近く、坂を登ったところに小学校がありました。空襲警報が鳴ると、運動場の向こう側にある防空壕めざして走ったそうです。
その坂道上空で、両軍の飛行機が打ち合う。ガソリンがボタボタ豪雨のように降ってくる中、敵機からは缶詰がガランガランと落ちてきたと。
「ねぇ、その缶詰、拾った? 食べた?」
敵の缶詰の中には、爆弾が入っているから、絶対に拾ってはいけない。開けてはいけない。敵機から落ちてきたものはどれも、決して食べてはならない、と小学校で言い聞かされていたから、誰も手を出さなかったと。
芋のツルくらいしか食べていないから、いつもお腹を空かしてた。
今にして思えば、あの缶詰の中身は、どんなにおいしかったことだろうと、ケイ子さんは涙ながらに言います。
裏の畑にも缶詰がいくつも降ってきて、転がっていた、と。
空襲警報が鳴り響き、B29が飛んできて、久留米の大空襲のときも、その前も缶詰は何回も降ってきたそうです。
戦争の頃の話を聞ける人が身近に居る人は、今のうちに話を聞いて、当時の方々のことを思い、書き留めてほしい。
聞く機会のない若い人たちにもわかるように、翻訳してあげることも、役目かもしれません。
いまのこの「平和」は、先人たちが命をかけて、残してくださった未来です。
のどかさん
お盆は実家に帰郷。お母様お元気ですか
私もこの黒豆おこわ仏事ごとに造ります。
髙橋さん、ありがとうございます。
母はお盆の暑さのせいか、しんどそうでした。
黒飯、おからサラダ、おからパウンドケーキ、あんこなど作り、一緒に食べました。
柿の葉鮨と御座候を手土産に、喜んでくれました。